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グローバル時代の世界の常識「春節」(ヨーロッパ編)

海外文化・留学Tips
皆さん、こんにちは。

今年の春節(旧正月)も、いよいよ明日まで。

今回は、グローバル時代の世界の常識「春節」の特集、シリーズ3回目です。

(前回のブログ、シリーズ1回目 北米編、2回目 オセアニア・アジア編

この記事は、グローバル時代の世界の常識「春節」のラスト、ヨーロッパ編です。

春節



ヨーロッパ諸国のチャイナタウン

ヨーロッパに行かれたことがある方は、その国でチャイナタウンを見かけたことはありませんか?

ヨーロッパ諸国には、大小の規模にかかわらず、チャイナタウンのある国が多く、特にヨーロッパエリア最大と言われているのが、イギリスのロンドンにあるチャイナタウンであると言われています。

ヨーロッパでの華人たちの大きな動きは、ヨーロッパ列強が19世紀に清国(中国)に進出したことに始まります。

海上での交通が活発化したこともあり、中国人たちが商売上、列強国エリアに拠点を置いたことや、ヨーロッパでの労力として多くの中国人たちが各国へ渡っていきました。

その中で言葉の文化が西洋人とは違う彼らにとって、頼ることができるのは、やはり同じ中国人の同胞であり、その結果チャイナタウンと呼ばれる華人コミュニティを形成しながら、彼ら独自の中国文化・風習をヨーロッパ各国で大切に守り続け、成長していきました。



イギリスのチャイナタウンと春節

イギリスでは19世紀後半に、中国・上海などの海辺の町から船員としてイギリスに渡り、テムズ川沿いの地区にチャイナタウンを形成しましたが、歴史の流れの中で次第に衰退していきました。

その後1950年代に香港出身の中国人移民たちが職を求めて一気にイギリスに流入し、第二次世界大戦後のイギリス好景気の背景もあり、1960年代には現在のソーホー地区に新しいチャイナタウンを形成しました。

これが現在まで続いているロンドンのチャイナタウンの原型となっています。



また、このソーホーエリアは、文化、芸術、エンターテイメントが楽しめるエリアに隣接しているので、今ではロンドン市民のみならず、世界中の観光客が昼夜問わず訪れ、賑わいを見せています。

そんなロンドンの春節は、ヨーロッパ最大の盛り上がりを見せます。



チャイナタウン近くのレスタースクエア付近からは、人・人・人でごった返すほどの賑わいです。



爆竹や中国の音楽が鳴り響き、各店の前で商売繁盛をもたらすと言われる黄色、ピンク、緑色の3頭の獅子が激しく舞い飛び跳ねる様子は、春節時期ならではの伝統的な光景です。

またトラファルガースクエアでも大々的にイベントが毎年開催され、ロンドン市民と観光客の波で混みあうので、参加するには少々体力・気力が必要になるかもしれませんね。



ちなみにロンドン以外にも、そリバプール、マンチェスター、バーミンガム、カーディフ、ニューカッスル、グラスゴー、そして北アイルランドのベルファーストなどのチャイナタウンが有名で、各タウンで春節時期は祝賀に沸いています。





フランスのチャイナタウンと春節

フランスは、華人たちが在住しているヨーロッパ最大の国で、第一次世界大戦後の人手不足から労力としてフランスに流入、移住が始まったとされています。

当時はリヨン駅周辺に最初のチャイナタウンが形成され、1970年代にはフランスの旧植民地であるインドシナから中国人たちが避難民として大量にフランスに流入し、その後も彼らの移住の数は増加していきました。

特にパリの13区のチャイナタウンは、フランス国内はもちろんのこと、イギリス・ロンドンに匹敵する最大のタウンと言われています。



この13区の春節の時期は、大々的なパレードが開催され、その時ばかりは、パリ市民や観光客で沿道は黒山の人だかりで埋まり、身動きが取れないくらい賑やかになります。

タウン内は赤や金色の祝賀色に染まり、獅子舞や伝統武術、芸能が披露され、その期間はパリの中で中国文化をより強く感じることができる一大イベントに成長しています。



13区以外にも、19区のベルビル通りと18区のトルシー通り、パリ市外のリヨン7区にもチャイナタウンがあるなど、フランスの主要都市には規模の大小はありますが、華人の居住エリアが存在しています。

彼らは、フランスがそもそも多くの諸国からの移民(中東やアフリカなど)を受け入れてきたので、彼らと上手にバランスをとりながら生活し、根付いてきたのです。

フランスでは中国語を意味する「Chinois(シノワ)」、や17世紀中頃に流行した中国風を意味する「Chinoiserie(シノワズリ)」という言葉があるように、中国美術・芸術分野でもフランスに多大な影響を与え、いまだ彼らの文化・風習など人気があります。





イタリアのチャイナタウンと春節

イタリアには、ローマやミラノにチャイナタウンが形成され、特にミラノの華人の多さは、世界の大都市と引けを取りません。

1920年代以降、イタリアの絹製造の労力として中国からの移民たちが流入し、センピオーネ公園の近くにあるパオロ・サルピ通り(Via Paolo Sarpi)を中心とした周辺エリアに移住していきました。



このエリアは、イタリアと中国がミックスされたイタリアで最も古いチャイナタウンと言われるようになり、春節時期には大変盛り上がります。

ショッピングや食事を楽しめるのはもちろんですが、通りには中国の鮮やかな赤ランタン(提灯)が彩りを添え、夜に明かりが灯ると通りは幻想的な風景に変わります。

パレード当日には、通りを金色の巨大な龍を中国の伝統衣装を着た華人たちがかかえ、獅子舞が踊り跳ねて、活気あふれ圧巻の光景です。



ミラノには諸外国のチャイナタウンのように入り口を示す中国風アーチ門はありませんが、そのエリアに足を踏み入れるとすぐにオリエンタルな中国の空気感を感じることができるでしょう。

またミラノ以外の都市では、トスカーナ州のプラートという街に形成されており、第1世代と言われる華人移民たちの多くは、イタリアならではの服飾産業に携わっていたようです。



その他ヨーロッパ諸国のチャイナタウンと春節

オランダはもともと東アジアでの植民地時代の歴史的背景から、インドネシアからの移民たちが多いと言われており、中国からも1920年代と1940年代に多くの中国人たちが移住、定住していきました。

特にアムステルダム市のデ・ヴァーレン地区(紅灯区とも言われる、歓楽街の意味)やロッテルダム、ハーグ市にチャイナタウンを形成していきました。

また、ベルギーにはアントワープという港町に正式に認定されているチャイナタウンがあり、立派な中国風門(中国政府がアントワープ市に贈呈したそうです)をくぐると、中国料理店や食材店などがあり、その他のエリアとは明らかに違う雰囲気を味わえます。

春節時期には、街自体が赤色や金色の艶やかな色に彩られ、地元や周辺の観光客が彼らの獅子舞や、パレード、中国料理や伝統芸能を楽しむために人々が集まります。





まとめ

シリーズ3回でお届けした「グローバル時代の世界の常識「春節」」の特集、いかがでしたでしょうか?

ヨーロッパ諸国の中でチャイナタウンもしくは中国華人がいない国がないくらい、彼らは古くから移民という形で、移動・定住し、チャイナタウンという基盤を形成し成長してきました。

また、様々な理由で多くの移民たちを受け入れてきたヨーロッパ諸国も、自国を発展させるために、華人の力を活用しながら、多様性ある社会を築いてきました。



長い移民歴史の中で、世界に広がっていった華人たちが常に順風満帆なわけではありませんでした。

しかし、彼らは当時見知らぬ異国の地に、自分たちの未来を委ね、夢を掛けて、飛び出していったのです。

もしかすると皆さんが、海外への憧れや夢を叶えるため、いろんなものを吸収したいという情熱で、留学する時と同じかもしれませんね。



そんなフロンティア精神を持ち続け、いつか留学を実現してください!



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